日本の会社員は、基本的に同一の企業で長く働くことを是とされてきました。その中で経験を積み、先輩の残した業績になにかを付け加えて行くという形で企業を発展させて来たのです。これに対し欧米では、能力があるのならばひとつの企業に留まるのではなく、より評価してくれる、つまりより多くの報酬を払ってくれる企業に移籍するのは当然であるという考え方がなされて来ました。これは以前の日本の就労慣習には馴染まない考え方とされましたが、1990年代にバブルが崩壊するに至り、日本企業は抜本的にその経営方針を改める必要性に迫られました。そのひとつとして、日本式の人材採用のあり方も大きな転換期を迎えます。その結果就職戦線は厳しくなり、現在では正社員という地位を獲得するのも難しい状況になっています。なにがどう変わってしまったのでしょうか。

旧・日本的経営における人材採用とは

1980年代、日本経済が好調で世界各国が日本経済に注目した時、重要な要素として日本的経営という概念が取り上げられました。その中身は、終身雇用制・年功序列というもので、一言でいえば企業が家族であるというものだったのです。それほど社員は会社に対して愛着を感じ、また会社も社員を大切にすることで相乗効果が生まれていると考えられたのです。なにしろ終身雇用が前提なのですから、社員が自主的に辞めることも企業が強制的に辞めさせることも普通は考えられないことだったのです。そのため企業の採用活動は、新卒採用が前提であり、中途採用よりも重視している傾向がありました。つまり中途採用には何らかの「普通ではない事情」というものがあったのです。しかし1990年代にバブルが崩壊するに至り、日本的経営は幻想であったことが露呈してしまいます。

新しい時代の人材採用とはどのようなものか

終身雇用制にせよ年功序列にせよ、基本的には儒教の精神がそこに反映されていると見るべきです。しかしバブル崩壊後は、その考えを改めて合理性を追求する形が採られるようになりました。つまりキャリアや年齢にかかわらず優秀な人材は相応に遇し、優秀な人材を外から迎え入れることで企業内を活性化させるという方針に転じるのです。バブル崩壊後の日本は圧倒的に買い手市場となり、就職氷河期という言葉すらメディアに躍るようになりましたが、能力のある少数の個人にとってはむしろ売り手市場とすらいえる状況になりました。企業の人材活動は、活躍の場を専門性に限定することなく、能力が高ければ多様なフィールドから人材を迎え入れるように変化します。そのため求人は季節限定の風物詩ではなく、戦略的にあらゆるタイミングで行なわれるようになって来ています。